北曽戸高校言オリ部 2

趣味で書いている言オリ小説「北曽戸高校言オリ部」です。プロローグの3話のうち2話目です。

 

 言語分析の能力が試される知の競技、言オリ。長らく世に知られていなかったが、高宮詩乃が国際大会で金賞を受賞し世界3位に輝いたことをきっかけに、知名度が急上昇した。それから数年後、ここ北曽戸高校では、一人の少女が言語学部を創設するため奔走していた......

注: 作中の「言オリ」は言語学オリンピックをモデルにしています。作中の言語学に関する知識が正確であることは保証しません。

問題出典:  https://drive.google.com/file/d/1DSG3MISTszSPeMeG-VmnyKA0kFe7iywZ/view(第1問のみ)

 

2

 言語学について今まで何も知らなかった詞葉は、当然言オリなど知るはずがなかった。いや、どこかで似たような言葉を聞いたことがあるような......?

 

「そう、言語学のオリンピックだから言オリ。自分が知らない言語を分析する競技なの。わかりやすく言うなら、暗号解読に近いかな。あとはパズルみたいなところもある。それで、毎年大会が開かれてて、勝ち進めば国際大会にも出られるのよ」

 

 国際大会。詞葉は息をのんだ。普通の部活ならせいぜい全国大会くらいまでしかないだろう。とはいえそう簡単に大会で勝ち進めると思う方が小説の読みすぎというものだ。競技といっても、まだルールも何も理解できていないというのに。

 

「説明するより実際に問題を解いてもらった方が早いと思う。だから過去問を持ってきたの」

 

 そう言って夕夏は鞄からクリアファイルを取り出し、未だ首をかしげる詞葉の前にその中から一枚の紙を置いた。

 

 その紙にはこんな問題が書かれていた。

 

 以下にロシア語とその日本語訳が書かれている。ロシア語の形容詞と名詞の関係を考えて、問いに答えなさい。

 

старый дом 古い家

старая бумага 古い紙

старое кино 古い映画館

новый дом 新しい家

новый аэропорт 新しい空港

новая шапка 新しい帽子

новая дорога 新しい道

желтый галстук 黄色いネクタイ

желтое пальто 黄色いオーバーコート

желтое перо 黄色いペン

 

「これは......ロシア語の問題なの?」

 

「そうそう。これを今日は試しに解いてみて」

 

「え、でも、私ロシア語なんて知らないよ? やっぱり言オリっていろいろな言語を覚えてないといけないの?」

 

「そうなるよね。でも大丈夫。言オリって、問題に出てくる言語を知らなくても解けるようになってるの。面白いでしょ?」

 

 知らなくても解ける。詞葉はまだ言オリの面白さは分かっていないが、その言葉を聞いて少し安心した。

 

「まあ、たまたまその言語を知ってたら国際大会の問題でも何でも一瞬なんだけどね。世界に言語は分かっているだけでも7000あるから全部覚えるなんて到底無理だけど」

 

「なにそれずるーい」

 

 詞葉が返すと、二人は目を見合わせて同時に笑い出した。それにしても7000も言語があるなんて想像もつかなかった、と詞葉は考える。国の数が200くらいだから言語もそんなものだと何となく思っていた。

 

「さて、これが詞葉の今の知識で解けるということを踏まえて、もう一度この問題をよく読んでみよう。何か分かることはある?」

 

 詞葉はまだほんの少し戸惑ったまま問題を眺めていた。日本語訳がヒントになりそうだが、残念ながら辞書のように単語ごとの訳が書かれているわけではないようだ。でも、と詞葉は考える。『古い』が三回、その左にはстарで始まる単語が三つ。もし私の勘が正しければ......

 

「最初の方が同じロシア語の言葉がいくつかあるけど、これって日本語の形容詞と同じ意味なのかな? 例えばстарなんとかが『古い』とか」

 

「おっ、鋭いね! ロシア語の一語目が似てるところでは日本語の形容詞が同じ語になってるから、そこが対応してることが分かるんだね」

 

 詞葉は思わず笑顔になった。確かにこれならロシア語を知らなくても解読できる。今の要領でパズルみたいに解いていけばいいのだろう。言オリって意外と簡単かも、と今分かった形容詞の訳をメモしながら考えていた。

 

「そしたら、名詞も同じように分かるかな?」

 

 と、夕夏がこちらをのぞき込んで言った。そうだ、まだ問題を解き始めたばかりだった。詞葉は心の中で気合を入れ直した。さっきまで見ていなかった二語目が名詞だろうと思って目を向けると、バラバラな単語が書いてある。それもそうだ、日本語訳の名詞もほとんど全て異なるのだから。ただ一つを除いて......

 

「домが二つあってそこだけ日本語訳に『家』があるからдомが家って意味なのかな? それで、他のもきっと二語目が名詞だよね」

 

「その通り! 片方が形容詞ならもう片方は名詞という予想が立てられて、домと家の対応で確信できるね。こうやって語と訳語が出てくる場所を比べて対応するものを見つけるやり方はよく言オリで出てくるよ」

 

「それってあるなしクイズみたいだね」

 

「確かに! こういう解き方をあるなしクイズって呼ぶのいいかも」

 

 詞葉は謎解きはテレビで見たときに考えてみる程度だが、割と好きだし得意な方だった。「あるなしクイズ」というのは謎解きの形式の一つ、言葉の共通点を見つけるものだ。ほんの思いつきで言ったことだが、夕夏がその呼び方を気に入ってくれたのはなんとなく嬉しい。

 

 さて、夕夏に聞かれるより早く自分で解いてみたい。そう思って手がかりの下の問題を見る。まずは一つ目の設問だ。

 

  1. 日本語に直しなさい。

 

желтый дом

старая дорога

новое пальто

 

 なんと既に解けそうな問題がある。желтなんとかも、домも、既に上で出てきて訳は分かっているのだ。まあ、ここで新しい単語が出てきたらどうしようもないのである意味当然ではあるけど。ということで、その下の単語もデータのところに書いてあることを確認して......

 

「あの......1番分かったかも」

 

「え、ほんと? すごい! 答えどうなった?」

 

 と、夕夏は紙を指で引き寄せつつ聞いた。

 

「これとこれを使って、желтый домは『黄色い家』で、старая дорогаは......」

 

 詞葉は得意になって早口で説明し始めた。三つ全部言い終えたところで、「どう?」と言いたげに夕夏の方を見た。

 

「全問正解!」

 

 詞葉はガッツポーズをした。全く知らなかったロシア語を、自分の力で解読できたのだ。なるほど、言オリって悪くないかもしれない。

 

  1. ロシア語に直しなさい。

 

黄色い帽子

新しい紙

古いペン

 

 夕夏の誘導もあり形容詞の語尾が名詞によって決まっていることに気付いた詞葉は、この二つ目の設問も同じ要領であっという間に解き終わったのだった。

 

 しかし、最後の設問は一筋縄ではいかないようだ。最初の一手が見つからず、詞葉は頭を抱えていた。

 

  1. 以下の語彙を参考にしてロシア語に直しなさい。

 

緑色の зелен---

長い длинн---

シャツ рубашка

指輪 кольцо

нос

 

緑色のシャツ

長いネクタイ

黄色い指輪

長い鼻

 

「新しい単語が出てきたけど、これじゃ形容詞をどう変化させればいいのか全然分からない......」

 

「落ち着いて。まず形容詞の語尾は"-ый", "-ая", "-ое"の三種類。与えられたデータだけから考えると、必ずこのどれかになる。そこで、それぞれの語尾が使われる名詞をまとめて、そう、あるなしクイズみたいに考えれば分かるはずよ」

 

 なるほど、ここでもあるなしクイズの考え方が生きてくるのか。そうと決まればやるだけだ、と詞葉は表を書き始めた。"-ый"がつくのは家、空港、それとネクタイ。"-ая"なのは紙、帽子、道。そして"-ое"は映画館、オーバーコート、ペン。そうしたらあとはあるなしクイズで解けるはず。

 

 しかし、詞葉の思ったようにはいかず、またしても行き詰まってしまった。家と空港の共通点なら建物が思いつくが、ネクタイも同じグループだ。それに映画館は? 残りのグループに至っては大きさも種類もバラバラで、共通点など見つけようもない。ロシアには実は誰もが知っている不思議な名詞の分類でもあるのか......?

 

続き: 北曽戸高校言オリ部 3 - green+の無人島