「言オリ力」

こんにちは。green+です。この記事は2020年に書きかけて放置していたもので、筆が進まなかったのは自分でも結論の出ていない部分があるからだと思います。当時からあまり考察は進んでいませんが、今回は、現時点で思い付いている中で最も妥当と考えられる説を語っていきたいと思います。この記事の情報は常に正確とは限りません。読んだ上での試験対策は自己責任で行ってください。

 

 

前提知識

 

前提知識として、言オリの問題形式と基礎的な言語学の用語を想定しています。分からないことがあれば、公式サイトを一読してみてください。また、何度か触れる「ことはじ」とは、以下の(とても便利な)サイトのことです。

https://kotohazi.netlify.app/problems/

 

問題提起:言オリ力とは?

 

この文章では、言オリという言葉は、言語学オリンピックを競技として見たものとして使います。言語学オリンピックは科学オリンピックの中でも比較的新しく、競技の内容も多くの人には見慣れないものです。そのため、「言オリができるようになるにはどうすればいい?」という疑問は、常に投げかけられるものでありました。また、「言オリはパズルだ/パズルではない」という論争も事あるごとに巻き起こるものです。

 

そこで、今回は、言オリができるとはどのような能力があることなのか、そしてそれらの能力を鍛えるためにはどうすればいいのか、という問題に自分なりの答えを述べていきたいと思います。なお、この記事はあくまでも言オリという競技に焦点を当てたものです。言オリを通して言語学を本気で学びたいという方の役には立たないかもしれません。

 

4つの言オリ力

 

始めに、このツイートを見てください。

言オリの能力は大きく以下の4種類に分けられると思っている

類型論的知識(個別言語や語族に関する知識を含む)

言語学の知識(形態論、音韻論など)

言オリの手法(言語学的な分析手法から問題の解き方まで)

論理的思考力(いわゆる地頭やパズル力)

https://twitter.com/irotirihs/status/1236650026861858816

 

今の私の意見も、このツイートをした当時から大きくは変わっていません。後で詳しく解説しますが、言オリがパズルかどうかという問いにも、一度答えを出しておきましょう。私は「言オリはパズルとしての側面と、言語学で行う分析らしい側面をあわせ持つ」と思っています。言オリはパズルの一種でありながら、言語学の研究手順の一部を体験できるということです。

 

次の段落からは、ここで述べた個別の能力について詳しく説明していきます。このツイートと逆の順番で、言語学要素の少ない方から紹介します。各項目はある程度独立させていますが、全体を通して一度しか解説しない内容もあるので、順番に読むことをおすすめします。

 

論理的思考力

 

いわゆる地頭で、一般にはパズルや勉強の知識以外の部分で使われます。競技プログラミングの考察力と呼ばれるものの一部もこれだと思います。ただ、地頭という言葉は指す範囲が広く、様々な種類の能力が高い人をひとまとめにラベリングするのに使われている節があります。そこで、個人的に言オリやその他のパズルに役立つ能力で、特徴的だと思う要素を三つピックアップしてみました。ここでは、情報処理、推論、発想力、と呼ぶことにします。

 

情報処理は、ここでは問題文や分かったことなどの情報を頭の中で整理し、また覚えておく能力を指します。この能力が高いとスムーズな考察が行えます。しかし、そうでなくても、注意深く問題文を読んだり、得た情報をその都度記録したりすることで情報の整理は行えます。表を作るのは特に有効です。というより、ほとんどの人にとっては分かったことは書き出しておいた方が最終的には時間が節約できると思います。

 

推論は、ここでは既知の情報をもとにして確度の高い情報を導く能力を指します。数独のようなパズルはまさにこれです。言オリだと頻度解析(単語が出てきた位置や回数をもとに意味を推測する手法)や数詞で使う印象があります。この能力は、高ければ問題を理詰めで解きやすくなります。一方で、後述する、問題を解く手法を身に付けることで補うこともできます。

 

発想力は、ここでは既知の情報をもとにして飛躍した仮説を立てたり、データの本質を見抜いたりする能力を指します。簡単に言えばひらめきのようなものを想定しています。この能力が高いと、答えに直結するような情報が一瞬で「降ってくる」ようになります。ただし、そのような発想を得るためには、後述する、類型論的知識を蓄えておくことも重要です。

 

以上の能力は、高ければ言オリをやる上である程度助けになります。実際、一部の天才と呼ばれるような人は、これらの能力がとても高く、さらに試験の形式にも慣れていることが多いです。すると、それだけで、言オリが初見でも日本代表レベルの成績が出せることもあります。また、論理的思考力は他の科学オリンピックでも求められるので、複数分野で活躍したい場合は鍛えるとよいと思います。しかし、言語学を学びたい人にとっては知識、言オリで強くなりたい人にとっては解法が、より目的に貢献する、重点的に身に付けたい能力になると思います。

 

さて、論理的思考力を鍛える方法ですが、他の本やサイトでも紹介されていると思うのでここではあえて説明しません。一例を挙げるなら、パズルや他の頭を使う競技をするのがよいでしょう。ただ、どんな問題にも関わってくる能力でありながら、才能、すなわち先天的なものや幼少期の経験に左右される能力でもあります。高校生以上であれば伸びしろは他の能力に比べかなり少ないでしょう。しかし、論理的思考力だけで決まらないのが言オリの面白いところです。

 

論理的思考力が重要な問題としては、Onlingやパズル的な問題が挙げられます。また、数詞は特殊で、実は知識が重要ですが初見で解くと絶妙な難易度のパズルになります。Onlingは難しい問題が多いので、パズルなどに自信のある方は力試しのつもりで解いてみるといいかもしれません。そうでなければ、IOLなどとは傾向が違うので全体的な問題対策の上では後回しでもいいと思います。Onlingおよび、ことはじの「その他」「命数」の問題が参考になります。

https://onling.org/

 

解法

 

文字通り問題を解く方法で、簡単に「慣れ」と言い換えることもできます。真面目に学問をやりたい人には敬遠されがちですが、個人的には最も点数に直結する能力だと思います。ここでは、一般の問題に共通する考え方と、言語分析にも通じるような言オリ特有の解法、そして言オリで点数を取るためのテクニックの三つに分類することにします。

 

まずは一般的な問題の解き方ですが、入試、特に理系科目の心得のようなものがそのまま通用すると思います。難関大学の入試などは採点の方法まで近いですし。例として、簡単な例から考えてみることや、情報を表にまとめてみたりすることが挙げられます。これらは解答を導く近道のようなもので、論理的思考力を補うことにもつながります。あとは、塾講師の語る受験テクニックのようですが、時間配分やコンディションのようなものも大会であれば案外重要になります。

 

次に言オリの解法ですが、これはあまり研究が進んでいません。教わるというよりは慣れることで身に付くものでもありますし。ただ、私もこれからできる限り練習を通して身に付け、発信していきたいと思っています。このブログでもたまに記事を出すかもしれません。一応、代表的なものには「あるなしクイズ」や「意味より形」などがあります。また、言オリは言語学の一部にすぎませんが、言語を分析しその特徴を記述するという、記述言語学の手法は役に立つかもしれません。

 

最後に、言オリで点数を取るためのテクニックです。言オリには特有の採点方法があり、それに適合した答案を書くことによって点数アップが見込めます。卑怯な手のようですが、そのような採点基準が存在する以上当然の権利です。個人的には、むしろ全員が身に付けるべきものだとも思います。例えば、選択式の問題であれば答えが分からなくても全て埋めるべきでしょう。また、文を答える問題でもその一部分が合っていれば部分点が入ることがあります。そのため、主語「私は」と否定のみが分かっているような場合でも「私は彼を叩かなかった」のように一文丸ごと書いておいた方が有利です。APLOやIOLの、考え方を書く問題についてはここでは省略します。

 

以上の能力は、最初に述べた通り点数に直結するものであると同時に、思考を効率化するのに役立つものです。言オリに地頭と知識どちらが重要かという対立がたびたび起こる中で見落とされがちですが、私は解法こそが言オリの基礎となる能力だと思っています。とはいえ、言オリを通して言語学を学ぶ上では本質的とは言えない要素が多いでしょう。

 

問題を解く手法を身に付ける上では、やはり多くの問題を解いて「慣れ」る、すなわち手順をパターン化し自分の中に浸透させることが最適解だと思います。それに加え、問題解説記事を読んで強い人の思考の流れに触れたり、勉強会のようなものを開いていろいろな人の解き方を見たりするのも助けになるでしょう。また、基礎的な手法は以下のリンクにある公式サイトの問題対策にも載っているので、一度目を通してみると良いでしょう。

https://iolingjapan.org/tutorial/

 

解法が重要な問題は、丁寧な作業が求められる、オーソドックスな文の形態素解析や文字(ことはじの「統語」「文字」の問題が参考になります)などです。これらの問題は、論理的思考によりゴリ押しで解くこともできますし、処理速度が元々高い方が有利です。しかし、解き方がある程度似通っているため、慣れることで詰まるポイントを減らし、すらすら解き進めていけるようになります。まずはJOLやUKLOの簡単な問題から始め、IOLの難問へステップアップしていくとよいでしょう。

 

言語学

 

基礎的な言語学の知識で、形態論や音韻論など様々な分野が存在します。言オリで扱われるのは言語とその特徴なので、当然言語学の概念が登場することになります。とはいえ、言オリの問題は前提知識が求められない形式になっており、見慣れない言葉や記号には説明がついていることがほとんどです。ここでは、代表的な言語学の分野と、それらを学ぶのに適した教材を紹介します。

 

形態論とは、言語における意味あるいは機能を持つ最小単位である形態素の、役割や結びつき方などを扱う分野です。言オリでは、形態素解析と呼ばれる、単語をパーツに分け特定の役割を持っていそうなものを抽出する作業に形態論が関わります。形態素解析は、文や語とその訳が示されている形の問題(この問題のジャンルを形態素解析と呼ぶこともあります)をはじめとした、様々な問題に登場します。

 

音韻論とは、言語において区別する意義をもつ音の最小単位である音素の、分類や言語間の違い、あるいは言語における歴史的な変化などを扱う分野です。言オリでは、音韻体系を比較するような問題だけでなく、文字と音を対応づける問題や音によって変化する形態素が存在するケースなど、幅広い場面に音韻論が関わります。

 

言語学の知識は、記述や解説の読解に役立つだけではありません。主語、目的語といった文中の語の役割や、国際音声記号による音素の分類のような概念は、問題を解くときに頻繁に登場するため、存在を知っていた方が格段に思考しやすくなります。一方で、言語学の諸分野について詳しければすぐに言オリに強くなれるかといえば、そうとは限りません。この章の最初に述べた通り言オリには前提知識が必要なく、問題を解く過程で言語学の概念を再発見するような形式になっているからです。また、言オリで扱われるのは言語学の一部にすぎないというのも理由の一つです。

 

とはいえ、先回りしてその概念を知っていれば有利になるのも間違いないでしょう。この記事では、言語学の基礎から外れた「このような特徴の言語が存在する」という知識は、類型論的知識に分類しています。

 

さて、言オリにおいて重要な言語学の知識は、ほとんどが入門程度のものです。ということで、適当な入門書を読み、雰囲気を掴んでから言語学の教科書に、またその後余力があれば興味のある分野についての本に手を出すという順番で読み進めていくのが良いでしょう。教科書のおすすめは「言語学」第2版です。また「明解言語学辞典」も気になる用語を調べるのに適しているほか、最初から項目を一つずつ読んでいくこともできます。

 

言語学の知識が重要な問題は特にありません。ただし、何らかの言語学的な現象を題材とした問題や、音韻および韻律の問題では、対応する知識があると解きやすくなります。最後に余談ですが、国際音声記号を一通り見慣れておくと言オリに登場する謎の文字の発音を想像しやすくなります。皆さんもロッカーやトイレなどよく目にする場所に貼ってみてはいかがでしょうか。

 

類型論的知識

 

言語類型論と呼ばれる分野では、言語の普遍的な性質やいくつかのパターンに分けられる性質を扱います。ここではそのような性質に加え、ある語族の特徴や個別の言語についての知識もまとめて類型論的知識として分類します。この能力は「どれだけ自然言語全般に詳しいか」を表すとも言えるでしょう。

 

まずは多くの自然言語に共通する、あるいはそれらを分類することのできる特徴についてです。言語学の知識もそうですが、用語をたくさん覚える必要はありません。様々な特徴について、その特徴をもつ言語が多いこと、あるいはほとんどの言語はいくつかの性質のどれかを持っていることを把握しておくことが重要となります。例えば、主語の人称を動詞につく接辞で表すとき、何もつかない(無がつく)ことが三人称主語を表すことは多くの言語であります。そのことを知っていれば、問題になっている言語で同様の現象があっても珍しいことではないと安心できますし、そのような現象があるのではないかと文法の体系を推測する助けにもなります。

 

次に語族や個別言語についての知識です。これは単に問題の言語やそれに近い言語を知っていれば解答を簡単に導くことができるというものです。言オリに必要ないと明言されていますし、実際にその通りですが、様々な言語に詳しいことは言語学や類型論の理解に役立ちますし、ひらめきにつながることもあると思います。そのために実際に世界中の言語、あるいはそのグループを全て覚えてしまおうというのは簡単なことではありませんが。

 

以上の能力、知識の効果は既に述べた通りです。自然言語に興味がある場合は学習を進めるうちに自然と類型論的知識が身につくでしょう。一方で、言語を記号として扱う分野などに興味がある、あるいは単に言オリが強くなりたいのであれば、優先して勉強しようとするものではないでしょう。

 

ただし、自然言語についてそれほど詳しくなることがなくても、主要な現象について見覚えがある状態になっておくのは役立ちます。これにはやはり問題をたくさん解いて様々な言語に触れることが重要です。また、余裕があれば一度言語類型論をさらっておくのも実力を伸ばしてくれるでしょう。おすすめの本はおなじみ、リンゼイの「言語類型論入門」です。また以下のサイトを眺めるのも面白くてためになります。

https://wals.info/

 

言オリの性質上、類型論的知識が必須の問題はありません。しかし、言語学の知識と同様に、問題の題材となっている現象を知っていればその問題は解きやすくなります。また、数詞や親族名称など、パターンの数が限られているジャンルにおいては、主要なパターンを覚えておくことが比較的有効となります。例えば数詞であれば基数、すなわち何進法かは自然言語であればある程度絞られます。

 

実用編

 

さて、一通り言オリで使う能力について紹介しました。ここからはJOLの問題(2020年第1問:アラビア文字)を例に用いて実際にそれらの問題がどう生かされるのかを順を追って説明していきます。以下、問題のネタバレをするのでご注意ください。

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まず、この問題はアラビア文字が読めれば即答できます。そうでなくとも、アラビア文字の特徴的な形を知っていれば大きなヒントになるでしょう(「コカコーラ」のアラビア文字表記からkを表す文字を知っていてこの問題を解けた、という人を知っています)。これは、類型論的知識の中の個別言語の知識にあたります。

 

次に、アブジャドという子音のみを書く文字体系の存在や、アラビア文字アブジャドであることを知っていれば、主に子音に注目するのが問題を解く近道であることが分かります。これは言語学の知識、または類型論的知識の中の自然言語共通の知識にあたります。

 

しかし、この問題は当然そのような知識がなければ解けないものではありません。まずは、冷静にヒントになりそうな情報を探してみましょう。ここで、アラビア文字と対応していない英語の単語は関係ないので無視して、アラビア語の発音またはアラビア文字の語群から登場回数の多い文字を探します。この情報整理のやり方は一般的な問題の解法、あるいは言オリの解法と言っても良いでしょう。

 

さて、発音の方では”r”が語中に1回、末尾に4回も現れて対応する文字が分かりやすそうです。アラビア文字のどこからが文字か判定するのは少し難しいですが、端に4回だけ現れる他と異なる部分ということに着目して根気強く探しましょう。すると、条件に合うものとして「ノ」のような形を一番左に見つけることができます。この発見は「ノ」が”r”に対応すること(それからアラビア文字は右から左に読むことも!)を意味します。この考察は頻度解析と呼ばれる、言オリで頻出の解法です。

 

ところで、”r”が語中に現れるアラビア文字の単語もあるはずですよね。これも注意深く観察するとeであることが分かります。と、ここまで少し駆け足で解説してしまいましたが、難しいと感じる問題を解くときにこれだけ上手くいくことは少ないでしょう。このような考察には論理的思考力が求められます。特に発想力があればヒントになりそうな文字が素早く探せ、情報処理の能力が高ければ考察自体のスピードが上がるでしょう。

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ここで分かったことを整理してみましょう。「ノ」が”r”に対応することから、2,4,9,10は全てa,d,f,gのいずれかに対応します。また8はeで確定です。すると、残りの5つはやはりここで挙げられていない5つに対応することになります。このような事実を使いこなすのは推論の領域になります。必ずしもパズルのように解く必要はありませんが、そうする選択肢があれば様々な場面で役立ちます。

 

先に述べた通り、全ての問題が最後まで解けるとは限りません。練習であれば詰まった段階で答えを見たり強い人に質問してみたりするのが良いでしょう。しかし、試験会場の東京外国語大学で机に向かっていれば(あるいは、zoomのカメラをオンにしてパソコンの前に座っていれば)そうはいきません。試験時間内に完答できそうになければ、取れるだけの点数をかき集めて他の問題に取り組むことになります。この問題であれば、マークシート形式で正解ごとに点数が入るので、実は前の段落の情報だけで20点中6点は取ることができます。3割では少ないと思うかもしれませんが、0点よりは遥かに良いですし、他の問題が簡単なら挽回のチャンスは十分にあります。

 

まとめに入りますが、問題を一つ解くのにも、使える能力や知識は様々なものがあります。そして、言語学の知識が能力の発揮を助け、深い考察が未知の現象の発見を助けるというように、それらは問題を解く中で相互に関わり合い、強化し合っています。この後の文章を通して繰り返し触れますが、言オリは決して一つの能力だけに焦点を当てて語れるようなものではないのです。

 

補足:言オリとパズルの違い

 

典型的な言オリの問題に使われる能力を解説したところで、これが言オリに似た暗号解読のような問題だとどうなるのか、簡単に触れておきます。

 

まず、人工言語を題材にした問題を解く上では、問題によりますが類型論的知識はあまり役に立ちません。これは、自然言語にある現象がその言語にもあるとは限らず、また既存の言語から独立して作られた人工言語自然言語のどの語族の特徴も持たないからです。このような問題としては、手前味噌ですがJOLの2021年第3問:シャレイア語や、巷に溢れている(溢れてくれ)自作言語による言オリ風のパズルなどが挙げられます。

 

さらに、言語でない記述体系を用いた問題も、時に言オリと並べられることがあります。驚くべきことに、IOLでもバーコード(2011年第5問)や新体操の採点に用いられる記号(2019年団体戦)を題材にした問題が出題されたこともあります。このような問題の場合、分析する対象が言語ではないため、類型論的知識に加え言語学の知識までもが使い物にならなくなります。とはいえ、言オリらしい解法が役に立つ問題が多く、言オリとしての出題価値はあると思います。

 

このように、自然言語を主とした題材を言語学的な手法で分析する点が特徴の言オリは、単なるパズルとは一線を画すものである一方、ある程度曖昧な境界を持っています。言オリと言オリ風の問題の区別も難しいですが、現在の私の認識では、非公式の問題は全て(自然言語を題材とした完成度の高い問題から、暗号解読よりは言オリに近いような問題まで)言オリ風パズルと呼ばれます。もう少し細かい区別が今後生まれることもあるかもしれませんね。どのような形のものであれ、私は言オリ風のパズルがもっと広まることを願っています。

 

競技者のパターン:何から勉強する?

 

ここまでで言オリの能力とその活用例について見てきましたが、言オリで活躍する人はどの能力が優れているのでしょうか。結論としては、競技者によって強い能力は異なり、これができなければいけないというようなものはありません。ここでは独断と偏見に基づいた能力配分の代表的なパターンを紹介し、さらに言オリに強くなるための練習方法の例を示します。目指す競技スタイルの参考にしてみてください。

 

一つ目は、論理的思考力と一般的な問題解法に優れる競技者のパターンです。パズルや競技プログラミングをしていて、言オリを見つけたという人が多いです。言語学の知識が全くない場合もありますが、言オリの問題はパズルとしても完結しているため、難しい問題でも理詰めで解けてしまうことがあります。このような競技者は、まずは問題や解説を本質的に捉えるため基本的な言語学の知識を身に付けると良いでしょう。それから問題演習を重ね、慣れることで言オリ特有の解法を身に付けていくと、より持ち前の問題解決能力を生かしやすくなると思います。

 

二つ目は、言語学の特定分野に優れ類型論的知識も豊富な競技者のパターンです。日本の学校教育では言語学は扱われないため、独学で興味のある分野を研究し、インターネット上で活動している人が多い印象があります。言オリを始めとしたパズルへの慣れは人それぞれですが、知識をもとに適切な仮説を立てることで単純な理詰めよりも速く解くことができます。このような競技者は、既に興味のある分野に力を入れることが間接的に言オリにも役立ちます。一方で、問題演習により言オリに特化した考え方や、点数の取り方に慣れれば、知識がより生かされるようになると思います。

 

とはいえ、このような極端な長所がなく、バランスの取れた能力を持っている場合や、関連した趣味はなく直接言オリに興味を持った場合もあるでしょう。そうであってもやることはあまり変わりません。興味に従って問題を解いていけば言オリの解法は自然と身に付きますし、さらに気になる現象について掘り下げていくだけで確実に土壌となる知識は育まれていきます。その上で見つけた長所を伸ばしていくような練習をすると良いのかなと思います。

 

まとめ:地頭も知識も

 

さて、言オリに多様な能力が使われることを、多様な視点から説明できたでしょうか。ではこれらの問いに答えを出してしまいましょう。「言オリは地頭で殴れる?」「言オリに地頭は要らない?」「言オリは知識があれば無双できる?」「言オリは知識がなくても解ける?」もう分かりますね、答えは全て「はい」です。十分な論理的思考力があればどの問題も解けるようにできていますが、最低限の論理的思考力をもとに言語学的な分析を重ねていくこともできます。同様に、自然言語に関する十分な知識があれば問題の言語の特徴を言い当てることができますが、最低限の言語学の知識をもとに推理を行うこともできます。

 

だからこそ、言オリは理詰めで解くことを目指すのも知識をフル活用するのも自由で、人の数だけ楽しみ方があります。しかし、言オリ力というものが何かと聞かれれば、私はやはり、それは全ての能力を使う基礎となる言オリの解法であると答えます。地頭でも知識でも言オリが解けるとは書きましたが、実のところ人間はそんな完璧な思考も知識も持ち合わせていることなどありません。どのような視点から言オリに触れようと、その足りない部分を補うのは言オリ特有の解法、あるいは経験なのです。それに、言オリに独特の問題形式がありそれが人々を魅了するのなら、それに対応する独特の解法もまた言オリの魅力だと思いませんか?

 

幸運なことに、言オリが強くなるための近道は、それを楽しむ道とほとんど共通しています。すなわち、問題をたくさん解くことです。だから、どのようなきっかけにしろ言オリに興味を持ったのなら、まずは気になる問題を解き始めてみましょう。皆さんが自分の望む形で言オリという競技と関われるよう願っております。