北曽戸高校言オリ部 3

趣味で書いている言オリ小説「北曽戸高校言オリ部」です。プロローグの最終話です。

 

 言語分析の能力が試される知の競技、言オリ。長らく世に知られていなかったが、高宮詩乃が国際大会で金賞を受賞し世界3位に輝いたことをきっかけに、知名度が急上昇した。それから数年後、ここ北曽戸高校では、一人の少女が言語学部を創設するため奔走していた......

注: 作中の「言オリ」は言語学オリンピックをモデルにしています。作中の言語学に関する知識が正確であることは保証しません。

問題出典:  https://drive.google.com/file/d/1DSG3MISTszSPeMeG-VmnyKA0kFe7iywZ/view(第1問のみ)

 

3

 そうやって形容詞の語尾に詞葉が悩み、やはりロシア語を知らないと解けないのではないかと思い始めた頃、夕夏が声をかけてきた。

 

「確かにこの問題は少し難しいね......そうだ、どうやって考えてるか教えて」

 

「言われた通りに単語をグループに分けて、共通点を探してるんだけど全然見つからなくて。家と空港とネクタイって何かある?」

 

 すると、夕夏は少し考え込んでからこう言った。

 

「なるほど、意味で考えてたんだね。これは、言語を扱うときの最大のポイント『意味より形』から始めるべきかな」

 

「意味より......形......?」

 

「そう、意味より形。意味はもちろん言葉によって表される考えのことで、形あるいは形式はここでは言語の音やそれを表す文字のこと。少ない資料から言語の法則を探すときは、まずは意味より形に注目するといいの。形式の方が意味より読み取りやすいし、種類が少ないからね」

 

 もとはアメリカで先住民の言語を研究するときに生まれた方法なの、と夕夏が付け加える。なるほど、分からない。ただ、データを大まかに分類した方が規則性が発見しやすいというのはなんとなく正しい気がした。

 

「ごめん、分かったような、分からないような感じ。例えばどういうときに使えるの?」

 

「たぶん今解いてる問題に当てはめるのが一番分かりやすいんだけど、あえて挙げるなら......こんなのはどうかな?」

 

 夕夏はそう言うと、問題用紙に日本語の単語を書き出した。

 

新しい

長い

きれいだ

静かだ

 

「もし、日本語を知らない人が、この4つの言葉を2つのグループに分けろと言われたらどうするかな?」

 

 日本語を知っていれば、形容詞と形容動詞が2つずつ、とすぐ思いつくだろう。しかし、知らなければ自分で基準を見つけるしかない。どれも修飾語で、意味はバラバラ......いけない、つい意味で考えてしまった。形というと、文字が分かりやすそうだ......え、文字? そうか!

 

「最後の文字が『い』か『だ』かで、2つのグループ、形容詞と形容動詞に分けられる! たとえ、日本語を知らなくても」

 

「正解! 形容詞と形容動詞って、意味とか文脈とかで判断するのは難しいけど、語尾を見ればすぐ分かるよね。日本語を知らなければなおさら」

 

 なるほど、これが「意味より形」か、と詞葉は感心していた。言われてみれば、形を整理するのは意味について考えるよりずっと簡単だし、だからこそその視点が役立つのだろう。

 

「それじゃ、ロシア語の問題も解いてみよう」

 

 そう夕夏に声をかけられ、そうだった、と詞葉は問題に視線を戻す。見ると、さっきは言葉の意味の共通点を見つけようとしていた。意味より形を優先するなら、ここはロシア語の単語を書き出して文字から共通点を見つけるべきだ。

 

-ый: дом, аэропорт, галстук

-ая: бумага, шапка, дорога

-ое: кино, пальто, перо

 

 結果は一目瞭然、先ほどの例と同じように綺麗に分かれていた。どうしてこれに気付けなかったのか、と呆れてしまう。言語とは関係ないかもしれないが、考えてみれば本物のあるなしクイズだってただの言葉の並びの中に別の言葉があったり図形があったり、意味なんか関係ないことがほとんどだったのに。

 

「はは......」

 

 嬉しいような悔しいような気持ちから笑いがこみ上げてきて、落ち着くのにはしばらく時間がかかってしまった。そして、詞葉は心配そうな表情を浮かべる夕夏の方に向き直り、解答を高らかに宣言した。

 

「"-ая"がつくのはaで終わる言葉で”-ое”はoで終わる言葉! ”-ый”は......まあそれ以外かな。だから『緑色のシャツ』はзеленая рубашкаで、『長いネクタイ』は......」

 

「正解! おめでとう!」

 

 夕夏が掲げた手のひらに、ぺちん、とハイタッチすると、詞葉は力が抜けたように机に倒れこんでしまった。

 

「なんだか言オリって簡単なようで難しくて、難しいようで簡単で、最後なんかどうしてすぐ分からなかったんだろうって......」

 

「確かにね、言オリって分かってしまえば一瞬なことってある。でもやっぱり難しいんだよ。だからこそ、解けたら......」

 

「解けたら嬉しいよね! 私、言オリの、それと言語学の面白さが、少し分かったと思う!」

 

 詞葉は顔を上げて、夕夏の言葉をさえぎるように言った。そして、自分の言動に赤面して「ごめん......」とつぶやきながらうつむいた。だが、夕夏は小さく首を振ると、こう言ったのだった。

 

「詞葉が言語学に興味を持ってくれただけでも、今日話して良かったと思えるよ。ありがとう」

 

「こちらこそ言語学を教えてくれてありがとう。それで、改めてお願いだけど......」

 

詞葉は、もう迷いはないというふうにうなずいてから言った。

 

「......言語学部に入れてくれないかな?」

 

「もちろん! ようこそ、言語学部へ!」

 

下校時刻を告げる鐘が、鳴り始めた。

 

プロローグ 終

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。これでひとまず終わりですが、この続きも書いていきたいと思っています。応援していただけると嬉しいです。