APLO2023-1 イマス語解説

お久しぶりです。気がつけば言オリ歴も4年、green+です。今回はAPLO2023-1 イマス語の解説します。書こうと思ったのはたまたま自分がうまく解けたから、気まぐれですね。質よりとにかく公開することを優先した記事になりますが、良ければお付き合いください。

 

問題の難易度

問題はAPLOの公式サイトから見ることができます。

https://aplo.asia/problems-by-year/

 

着目すべき要素が少ない一方で、あらゆる気づきや違和感を見逃さない観察力と、粘り強い分析が求められる難問です。しかし、それは裏を返せばいたるところにヒントが隠れているということであり、その意味が分かったときの爽快感は格別です。

 

ことはじの難易度では☆6と評価しておきます。挑戦するにはJOL銀賞以上を推奨し、この解説の詳しさもおおむねその程度です。IOL銀賞以上かそれに相当する実力を目指す方はぜひ完答まで粘ってみてください、力がつくと思います。そうでなければ、まだ何かある気がするけど分からない、というところでこの解説を読んでしまっても良いでしょう。

 

こういう問題は何時間かけても良いものですが、2時間で完答できればIOL銀賞、1時間なら日本最強クラスだと思います。

 

実際、大会の結果を見るとAPLOの中でも難しい方であることが分かります。日本代表の入賞者の最高点は16.5/20です。もっともこれは5問で5時間という極めてシビアな時間制限の中の成績ですが……。

 

解説1: 形態素分析

まずはいつもの形態素分析です。幸い、この問題はあまり悩まずに語幹といくつかの接辞を抽出することができます。そうしたものが以下の図です。

 

 

主語、目的語の人称も書き出しておきましょう。単数と双数に加え「全員」があるのでそれぞれs, d, aとマークしておきます。「〜しかけた」はカ、否定はNです。こちらは対応する接辞がすぐ分かりますね。語幹も特に紛らわしいものはなく、これで動詞の構造がある程度明らかになりました。

 

極性など(緑)-何か1-語幹(黄色)-何か2(青)

 

ここで、2つ目の何かはt, rm, rumの3種類しかありません。種類が少ない方が分析しやすいのでまずこちらに注目しました。すると、緑の接辞がついていないものは全て-tがついていることに気付けます。逆に緑の接辞がついているものは1つの例外(文12)を除いて-rmまたは-rumです。ただ、これ以上の分析は難しいので一度飛ばします。ところで、簡単そうに書いていますが私も最初これが全く分からず沼にはまったので安心してください。

 

解説2: 人称接辞

ということで、色のついていない1つ目の何かについて考察していきましょう。人称を表すことは容易に推測できますが、明らかに種類が多く、形態をもとにグループに分けるのは難しそうです。ただ一つ、na-が4回登場していて、三人称単数と対応していそうだという分析は比較的簡単にできるでしょう。文17だけ三人称単数が目的語なのは少し引っかかりますが、置いておきましょう。私は、特徴的な形から問題(a)の二通りに解釈できる文なのではないかと思いましたが、これは全くの間違いでした。

 

さて、自動詞の接辞は人称との対応が簡単そうです。同様に、na-のついている文は残りの接辞がもう一方の人称に対応すると考えられますね。この辺りをヒントにすると表が作れるくらいのデータは集まっていそうです、やってみましょう。解説用に描いた綺麗な表に加え、参考のために私が実際に解いたときのごちゃごちゃした表も載せておきましょう。

 

主語と目的語のどちらかすぐに特定できないものは?をつけて両方に書いています。それにしても「自動詞主語」「他動詞主語」「他動詞目的語」まで分けたのにまだ使い分けが残っていて恐ろしいですね。最初に解いたときは私もここで諦めてしまいましたし、最大の難関だと思います。

 

解説3: 続・人称接辞

さて、この人称接辞の問題をなんとか解決するヒントは大きく分けて少なくとも3つあります(もっとあるかもしれません)。現実的には、一つをきっかけにもう一つくらいの存在に気付ければ先に進めると思います。

 

 

一つ目は、前に触れて先送りしていた-rm, -rumについてです。極性などの接辞がついているものの中で何か使い分けがあるはずですね。そうしてじっと見ていると-rmは双数形、-rumは「全員」と関連があるような気がしてきます。具体的には、どちらかの接辞がある文には必ず対応する人称があります。とはいえ、文6のように「二人」と「全員」の両方がある文も出てきていて、すぐに使い分けを特定することは難しそうです。ここまでの内容は下のような表にまとめられます。

 

 

次に、二つ目は動詞語根の前につく接辞は多くても二つだということです。言い換えると、極性などの接辞がついている文で、二つの人称接辞が連続している文はありません。逆に、それらの接辞がついていないときは常に二つの接辞が共存している(データの中では片方はna-の場合のみ)ことも重要です。この部分に表れない人称については次のヒントが関わってきます。

 

最後に、三つ目は三人称の扱いについてです。他動詞の構造に注目すると人称の片方は必ず三人称になっています。そして、このような場合、三人称の方は無標だったり目立たない表し方をされていたりする場合が多いです。発見が簡単でないので後回しにしていましたが、今回もそうであることを示唆する文があります。文12と文14(と文17)、文15と文8を比較すると、他動詞についている接辞がどちらの人称なのかが特定できますね。-nan-は二人称「全員」-kra-は一人称「全員」と、どちらも三人称ではない方が出てきています(-nan-は若干na-と紛らわしいですが)。まだ断定はできませんが、前半の接辞で表されないものがあるとき、それは三人称の方であるという予測ができますね。

 

さて、ここまでの考察が完璧にできていれば潜む規則の発見はそこまで難しくありません。とはいえ、実際は見落としてしまいそうな要素も多く、書いている私でも、再現性がある解き方を解説できたとは思えませんが。

 

ここでも規則を発見する方向性は二通りあります。片方は上の一つ目の分析をもとに-rmと-rumの出てくる中で例外的な文に注目するもの。もう片方は上の二つ目、三つ目の分析をもとに省略された三人称に注目するものです。どのような方法でも文6,12,13,16を比較することになると思います。

 

 

すると、例こそ少ないですが、-rmと省略された「彼ら二人」-rumと省略された「彼ら全員」が綺麗に対応します。さらに、考察の道筋によってはおまけ的な発見になりますが、前に例外とされていた-tは省略された「彼」に対応することが分かります。この規則に気付いてしまえば、見落としていたヒントがあっても回収できるはず(例えば、三人称の省略だけをヒントにしていてもここで接尾辞と数の対応に気付ける)で、ここで一段落となります。

 

解説4: 終・人称接辞

分かった規則をまとめると「極性などの接辞がついている場合、接尾辞が人称を表し、自動詞主語の数か他動詞の三人称の方の数と一致する」となります。これで、人称接辞がどの人称を表すかは完全に分かりますね。

 

 

しかし、これでも人称ごとに最大三種類の接辞があり、どれが使われるかの規則を導くのは一筋縄ではいかなそうです。まず考えられるのは、自動詞の主語と他動詞の主語をまとめることでしょうか。これに関しては、自動詞の主語に限って使い分けがある可能性もあります(実は、結果としては間接的にですがそうなります)し、必ずしも良いことばかりではありませんが、やってもいいでしょう。

 

どちらにしても、自動詞主語について二種類の使い分けを考えることになりそうです。これでそれぞれの形に規則性が全くなければ大変ですが、幸いある程度音韻的に共通点がありそうです。3dだけ判別が難しいので、それを除いてpa~pwaっぽいやつとnkra~naっぽいやつ(nranを思い出しますね)に分けると、前者は文2,4,9、後者は6,8,11,12,14,17となります。このあるなしクイズは簡単な方ですね。そう、前に他の接辞(na-含む)がついていれば前者、ついていなければ後者となります。

 

ということで、三種類の人称接辞を初形、中形(主語/目的語)と分けるとすっきりします。他動詞では、極性などの接辞か三人称の接辞が最初につくため、三人称以外は必ず中形になります。うまくできていますね。3dも含めて、改めて表を書いておきます。

 

解説5: 最後まで丁寧に

(主に解説を書く方が)疲れてきますが、この問題は最後まで油断できません。丁寧、丁寧、丁寧にやっていきましょう。まずは、1dの中形が主語でも目的語でもnkraなのが目につきますね。三人称の接辞はいつも前で、語順によって格が分かるわけでもないので、このままだと同じ文でも二通りの意味ができてしまいそうです。はい、問題(a)の出番ですね。探すと、文15がまさにそうで「彼が私たち二人を切った」に加えて「私たち二人が彼を切った」と逆にして訳すことができます。

 

例外的な文が多いのであえて触れずにいましたが、流石に解けるので問題(b)に移りましょう。文18から見たことのない接辞が登場しますが、初形であることは分かるので音韻的な類推と消去法で1aと分かります。文19は接尾辞による人称の指定に気を付ければ大丈夫でしょう。文20は-pu-があるので「彼ら二人が来なかった」と訳したくなりますが間違いで、接尾辞と矛盾します。もっともありそうな解釈を考えると、3sの中形主語も3dと同じ-pu-である、とするしかないでしょう。「彼が来なかった」で正解となります。

 

問題(c)では、文25だけこういうのもあったのかと思わされますが、新たな規則は必要ありません。今までの理解が試される課題が並んでいます。

 

おわりに

いかがだったでしょうか? 思ったより人称接辞ばかりになってしまいましたが、実際それだけでここまで難しい問題ができるのは驚きですね。

 

最後なので自分語りもさせてもらうと、ブログで出す中では初めての解説がこれというのは、あまりにもハードモードでした。気が向いたら、もう少し簡単な問題の解説も書いてみようと思います。それはそれで言語学的なこともしっかり解説する必要が出てくるなど大変ですが。それではまたお会いしましょう!